【2021年上半期】チョコミント歴10年の大学生が選ぶ本当に美味しいチョコミント3選!

こんにちは、普段は自身の経験を綴っているかいとです!

 

今回は、今年でチョコミント大好き歴10年となる私が選ぶ、2021年上半期で美味しかったチョコミントを3つ紹介します

ちなみに私かいとは”ちょこみん”という名前でチョコミント食レポを投稿しています!ブログにいくつか投稿を載せるのでよかったら見てみてください

 

 

 

2021年上半期チョコミントBEST 3

 

-WAFFLE CHICKEN HOMIES- チョコワッフルバー チョコミント

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ルミネエスト新宿8F・フードホール"PARK BAZAAR"内にある”日本初”のワッフルチキン専門店

その名の通りチキンが乗ったワッフルが定番の商品なのですが、昨年12月から片手で食べられる「チョコワッフルバー」が登場し、4種類あるフレーバーのうちひとつがチョコミントでした

写真からでも伝わる青々とした色合いにふさわしいちょっと辛めなミント感と、様々なダークチョコレートやざくざくクッキーが口の中で不思議な一体感を生み出しています!

 ちなみに片手だけで持つとちょっと重たかったです笑 

 

WAFFLE CHICKEN HOMIES HP

www.potomak.co.jp

 

 

-タカオカチョコレート- チョコミントボール

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おかしのまちおか等で購入できるチョコミントのチョコレートです

昨年7月に初登場し、メーカー市場最速で10万個の売り上げを達成したこの商品が20201年4月に再販され、私も無事に手に入れることができました!

一粒はとても小さく、作業の合間にちょこっと口に放り込めるサイズ感となっています

そのせいか、最初に食べたときは20分足らずで完食…笑

気を抜くと一瞬で無くなってしまうこのチョコミントですが、味もまたしつこくなくて良い!

内側のチョコレートがミントの風味を邪魔せずに、でもミントが辛すぎず甘すぎずちょうどよい主張をしてくれるので、本当にいつの間にか手元からなくなってしまいます。

 

タカオカ食品工業 HP

takaokachocolate.co.jp

 

 

-yogorino- ジェラート チョコミント

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イタリアで人気No.1、世界20か国以上に展開している超有名なブランドのyogorino

低脂肪・低カロリーな”ヨゴリーノ”と数多くのフレーバー展開があるジェラートが売りのなかで、チョコミントもラインナップに入ってます!

意外とまろやかで甘めなミントのため、初心者さんでも食べやすい味わいになっています

加えてチョコチップがゴロゴロと入っているため食感も楽しめちゃうところもBEST3ランクインの決め手です!

 私はベリーミックスのジェラートを組み合わせましたが、これも大正解◎

ミルク感たっぷりまろやかミントと、すっきり甘酸っぱいベリーの相性が抜群!

色合いも可愛くなって満足のいくチョイスができました

 

yogorino HP

www.yogorino.co.jp

 

 

 下半期も楽しみがいっぱい!

毎年5,6月~夏にかけてチョコミントが大量発生するオンシーズンに入るので、今年の下半期もチョコミントで溢れた日々が続きそうです!

 

ハタチの夏にうつ病と診断されたときの話④

精神科に通わなくなって数日、

薬の残量もなくなり、久しぶりに服用しない日々が続いた。

 

 

案の定、それはそれは、また辛い日々であった。

 

 

担当医との空間に居心地の悪さを感じていたが、

実のところ、自律神経は安定してきており

薬を飲んで少し経つだけですぐ眠りにつくことができていた。

 

また、少しではあるが精神も落ち着いていた。

 

通院時には

の3種類を処方されていて、

これらをその都度の状態に合わせて組み合わせてくれていた。*4

 

副作用は本当に様々であるが、

私の場合は

  • 朝起きたときに脳がちゃんと覚醒してくれない
  • 日中も眠気に襲われる

程度で、これらは副作用の代表的なものであるという。

 

 

服用しなくなって以降、これらの副作用からは解放されたものの、

根本であるうつ状態は元通りとなってしまった。

 

学校は休みがちになり、

出席できても心ここにあらずで授業どころではなく

気の許せるゼミの先生の授業では教室を抜け出し

一人ゼミ室で時が過ぎるのをただ待つ、なんでこともあった。

(今思えば大変失礼であるが、先生は咎めず、理解してくれていた。今でも頭が上がらない。)

 

当時働いていたアルバイト先にも行くことができなくなり、

辞めざるを得なかった。

 

個人経営の居酒屋で、常連さんとの会話がメインのような空間で

非常に居心地の良い職場で会った。

(辞めた後、元気になってからは何回か飲みに行ったりもしている。)

 

 

よく、”ちょっと良くなったから、薬に頼るのも良くないと思い服用を止めたら症状が悪化した”という話を聞くが、まさにその状態に近かったのである。

 

私の場合は服用を意図的に止めたわけではないのだが。

 

 

そうして、まともに学生生活を送ることができなくなった私に

ゼミの先生がとある提案をしてくれたのだ。

 

 

*1:レクサプロ錠 10mg

*2:ブロチゾラム錠 0.25mg

*3:エビリファイ錠 1mg

*4:薬の説明に関しては大体のものであるため、詳しくはご自身できちんと調べたり専門の方の話を聞くことをおススメします。

HSP気味の私にはWeb就活がピッタリだった理由

どうも、大学4年生絶賛就活中のかいとです!

 

コロナが収まる気配を感じない今日この頃ですが、

この1年で生活様式は大きく変化しオンライン化が急激に進んでいますね。

オンライン飲み会、オンライン帰省、オンライン授業…

 

そんな中、就活も一気にオンライン化されています。

そしてこのオンライン化、HSP気味な私にとって

願ってもみなかった最高の環境でありました。

 

不幸中の幸いとはこのことを指すのでしょうか。

 

 

 

なぜ、私にとってオンライン就活が最高であったのか。

それは、”外に出なくて良い”ということです。

 

 

「ただの引きこもりか?」って思われるかもしれませんが、

そういうことでは…ない…ですよ…?

そりゃ家でゴロゴロしながらパソコンに入っているソリティアのゲームをしているのが一番幸せですが

 

これは、”家から出ることによる心的ストレスを受ける必要がない”ということです。

 

  • この時間に家から出て本当に時間は間に合うのか?
  • 交通機関は止まらないだろうか?
  • 地図の通りに道に迷わずたどり着けるだろうか?

 

このくらいなら誰しもが心配して用心するポイントだと思います。

しかしこれらに留まらず、

 

  • 服装は大丈夫だろうか?
  • 後ろ姿はちゃんとしているだろうか?
  • 今背後から聞こえる話し声(笑い声)は私に向けられているのだろうか?
  • やっぱり見た目が可笑しいのだろうか?
  • マスクしたままだけど、面接での話し声は届くだろうか?
  • 面接官の声は聞き取れるだろうか?*1

 

などなど、常に不安と隣り合わせな状態で外出し、目的地へと向かい、

自己アピールをしなければいけないのです。

 

いくら面接官の方々に

「緊張せずに、肩の力を抜いてリラックスしてくださいね」

と言われても、どだい無理な話です。

 

 

しかし、オンライン就活がメインであった今年は、

家で面接を受けるWeb面接や、

事前に収録して送信する録画面接がほとんどでした。

 

 

家ならば時間に遅れる要素も大分少なくなるし、

自分の背面や背後の人間を気にする必要もない。

マイクが入っていれば声も届くし、

相手の言葉も口の動きが見えるから聞こえやすい。

 

録画に至っては見た目、言葉をいくらだってやり直して

一目を気にせず満足いくまで撮り直せる。*2

 

 

何と言っても、家の中ですべてが完結する!!

なんて素晴らしいんだ!

結局ただの引きこもりじゃねぇかっていうツッコミは聞きません。

 

 

というような感じで、

例年通りじゃないことが逆に功を奏したお話しでした。

 

来年以降の就職活動はまたどうなっていくのか分かりませんが、

もしオンライン就活が継続されている世の中だった場合

 

捉えようによっては得することもあるんだよって

思って就活を頑張ってくれたらなって思います。

*1:聴覚情報処理障害気味なので口の動きが見えないのはネック。ただ静かな部屋で行われたため問題は無かった

*2:一発取りでやり直し不可のもあった

ハタチの夏にうつ病と診断されたときの話③

クリニックに通いはじめてから1ヶ月ほど、

段々、目の前で話す担当医の言葉が、表情が、信じられなくなった。

 

 

同じような体験をした人は多いのではないだろうか。

 

 

クリニックの医者の仕事は

”病気を診断して、治すための薬を処方する”こと。

 

もちろんこれがすべてではないだろうが、

 

私には、目の前の担当医が、機械的に仕事をこなしているようにしか

見えなくなってしまった。

 

 

 

 

私の苦しみを聞いてくれている気がしない。

 

 

私の言葉の上っ面でしか判断していない。

 

 

初回のような親切さ、安心さがここにはない。

 

 

人間の温かみが感じられない。

 

 

 

 

部屋の白さも相まって、この空間には血が通っていないように感じてしまった。

 

 

 

 

何故だ、私は何故こんな場所にいる?

 

心の拠り所が欲しかったのに。

 

藁にも縋る思いでこの場にやってきたはずなのに。

 

ダメだ、ここにはもう来てはいけない。

 

 

 

薬を続けるべきであるという思考も頭のどこか片隅にはあったであろうが

 

この場から遠ざかる選択肢を選んだ。

ハタチの夏にうつ病と診断されたときの話②

どういう経緯で精神科に通うようになったのか覚えていない。

 

 

一切覚えていない。

 

 

断片的な記憶をかき集めると、

自分の手でクリニックを調べた光景はよみがえってくる。

 

 

しかし、そもそもクリニックに行こうとなったのは

自発的な考えだったのか、

家族の助言だったのか、

全くもって覚えていない。

 

 

 

そしてなぜ、

電車を二つも乗り継いだ先のクリニックに通おうと思ったのだろうか。

何一つ覚えていない。

 

 

 

 

初めて行った日は雨が降っていた。

 

そこのクリニックの担当医は

優しかったように思える。

 

非常に記憶が曖昧。

 

 

待合スペースの冷房が効きすぎて寒かったこと。

 

 

診察室でいくつか質問されたこと。

 

 

「死にたい、居なくなりたい」と答えたら

「そう思うことはもう、うつ病だね」ってあっさり診断されたこと。

 

 

 

このくらいしか覚えていない。

 

 

 

9月頭に危機感を覚えてから2日後に

うつ病であると診断された。

 

 

こんなにすぐ診断されるようなものなのだろうか。

もっと問診のように聞かないのだろうか。

 

 

今であれば冷静に考えることもできるが

当時の自分にそんな判断力は無い。

 

 

 

ただ、担当医のその言葉に

どこか安堵している自分がいた。

ハタチの夏にうつ病と診断されたときの話①

2019年9月頭。

 

 

真夏日の夕方だったはず。

背中がベッドに縫い付けられているかのように起き上がれない。

 

 

視界にとらえられるのは

 

薄暗い天井、

外の光がわずかに漏れるカーテンレール、

電気のついてないライト、

足元に転がるブランケット。

 

 

 

可笑しい。

 

昨日までサークルの合宿で1週間弱活動していたはず。

 

地元の人たちやサークルの先輩後輩たちに囲まれて

ワイワイガヤガヤ、楽しんでいたはず。

 

地元の人のお子さんと戯れて心がほっこりしていたはず。

 

 

 

これらの記憶は一体何だったのだろうか。

 

いや、今の状態が何なのだろうか。

 

 

 

こんなことを考えていないと、

頭が”この世から居なくなりたい”で埋まってしまう。

 

 

居なくなりたい。

 

死にたいわけじゃない、でも存在を無かったことにしたい。

 

親からも親戚からも知人からも、

 

私を少しでも知っている人々の記憶から

消えてなくなりたい。

 

私が今この瞬間生きることをやめても

誰もなにも思わないような世界になってはくれないだろうか。

 

 

 

 

 

こうしているうちに、20歳の9月は幕を開けた。

うつ病と診断された大学生が社会に出る前の話

2021年5月5日、世間は子どもの日だろうか。

大学4年生には正直祝日もへったくれもない。ただの5/5でしかない。

 

そんな、就活も終盤に差し掛かろうとしているこの時期に

今までの自分を振り返る機会が多かったからブログを始めてみようと思う。

 

 

 

大学2年生でうつ病と診断された私は、果たして社会に出ても息が続くのだろうか、

続くのだろうけど。

 

陥りやすい状態を理解してくれる人はいるのだろうか、

いるのだろうけど。

 

過去のトラウマがぶり返しては来ないだろうか、

来るのだろうけど。

 

というか一番の問題は、今のバイトを続ける気持ちがあるのだろうかということだ。

 

 

 

 

そんな感じのことを、備忘録のように文字に残しておこう。

どうせ大学4年生は暇が多い。

 

過去の出来事と今、漠然とした未来を1つの軸に勝手に乗せて、

勝手に不安がる大学4年生が、

社会に出るまでのしょうもないブログ。